2014年10月17日金曜日

2014 読書日記9

2014.9.6読了
出雲と大和 
岩波新書 
村井康彦著

邪馬台国
出雲神話
を史実から解釈
磐座信仰などの山に実際に訪れている
著者の熱意と愛情が感じられる

著者曰く
磐座信仰(山岳信仰)が本来の姿で、本殿などの社は後の大和政権時代に建てられている。そのため鳥居は立派だが本殿が小さい神社程起源が古い

邪馬台国を出雲系の連合国家とし、卑弥呼死後の邪馬台国の動乱を魏志倭人伝を元に検証し、死後数年或いは数十年を経て大和政権に滅ぼされたという

邪馬台国側の代表を饒速日命
総督を長髄彦としている

出雲神の主格である大国主神の足跡も辿っている

各地にある国司神社は大国主神を祀っている
クニスと読むのだという
明治の廃仏毀釈以前は国主神社
明治後政府に遠慮し「国主」から「国司」に変えたという
出雲系の神社の狛犬は前肢を伏せ、お尻を突き上げているのが大半だという
また、石の柱(石碑のような形)を六社(りくしゃ)と言い、それがあるのも出雲系神社の特徴だという
理由は不明


2014年9月19日金曜日

メモ 王朝関係 雑考

王家の風日より
商王朝では戦闘の際、或いは斥候の際
敵視察と共に敵の神霊を殺す(呪術により)

事前に神霊を殺すことにより味方が敵の呪詛にかかる事無く戦闘でき、敵の加護もなくなるという
このような戦闘習慣の名残なのか日本でも王朝時代に国守が任国へ下るとその国の主要な神社を「神拝(巡拝)」するのが任初の大事な国務とされていた
(出雲と大和 岩波新書 村井康彦著)
ここでいう王朝とは奈良かそれ以前を指しているものと思われる

そして平安末期になると国衙のそばに神々をまとめて祭るようになった。
これが惣社であるというのが通説。
この巡拝こそが神霊殺し→畏怖という風に時代を経て変化したものではないだろうか。
何故なら祀られている神々の殆どは強い怨みを抱いたまま殺されていたからである。この強い怨みを抑える為に祀られているのではないだろうか

2014年9月14日日曜日

2014 読書日記 8

2014.9.13読了

QED〜ventusa〜熊野の残照
高田崇史著

熊野の三社に祀られている神
後白河法皇の行幸
本地垂迹説
を更に掘り下げて検証して欲しかった

特に後白河法皇は33回にも及ぶ参詣をしており、その理由として鉱鉄の利権が絡んでいると推察しているが
行幸=利権の過程が抜けいる為不透明である事と、利権を得ていたにも関わらず政権を武家に取られてしまった理由が描かれていないのが残念だった

2014年9月4日木曜日

大樋焼

1666(寛文6)年から続く石川県金沢市にある楽焼の脇窯(わきがま)

脇窯とは楽焼の分家にあたるもの

但し楽焼と呼べるものは
楽家
脇窯
家元手捏(てづくね)

2014 読書日記7

2014.9.2読了(2回目)
王家の風日
宮城谷昌光

商周武力革命を史実に沿って描いた作品
夏の傑王しかり
殷の紂王(商の受王)しかり
はたして戯作通りの暴虐振りだったのだろうかと疑問だった
というより不満だった
一方的に悪に仕立てられたのではないかと思っていた
その長年の不満を宮城谷氏が払拭してくれた
周側からではなく商側から描いてくれたのだ
感動した

新時代を築こうとした織田信長や、開国をした徳川幕府が滅ぼされたように商の受王も滅ぼされた
新しい時代に突入するのに新しい事を実践すると何故か悪逆非道に仕立て上げられ滅ぼされてしまう
まるで歴史が生贄を要求しているようだ

初回読了は1999年

2014年7月24日木曜日

2014 読書日記6

QED ~ventus~ 御霊将門

2014年7月24日読了
高田崇史 著
講談社文庫



靖国神社参拝をきっかけに将門ゆかりの地を巡る
詳細な部分もあれば大まかな部分もある
靖国神社、明治維新、勤皇思想、GHQ占領下の説明がもの足りなかった

2014年7月20日日曜日

SENNHEISER

ゼンハイザー オープン型ヘッドホン HD598